那覇地方裁判所 昭和60年(行ウ)12号 判決 1988年2月23日
原告 ロイド・ウツド
被告 沖縄税務署長 国税不服審判所長
主文
一 原告の被告沖縄税務署長に対する請求中、原告の昭和五六年分の所得税について、同被告が昭和五七年一二月二四日になした更正処分の取消しを求める訴えは、これを却下する。
二 原告の被告沖縄税務署長に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 原告の被告国税不服審判所長に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和五六年分所得税について、被告沖縄税務署長(以下「被告税務署長」という。)が昭和五七年一二月二四日になした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分、並びに昭和五八年五月一三日になした再更正処分をいずれも取り消す。
2 被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)が昭和六〇年六月一九日になした原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告税務署長
(本案前の申立て)
(一) 原告の被告税務署長に対する請求中、原告の昭和五六年分の所得税について、同被告が昭和五七年一二月二四日になした更正処分及び昭和五八年五月一三日になした再更正処分の取消しを求める訴えを却下する。
(本案に対する答弁)
(二) 原告の被告税務署長に対する請求をいずれも棄却する。
(三) 主文第四項と同旨
2 被告審判所長
主文第三項及び第四項と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、アメリカ合衆国の国籍を有するものである。原告は、戦後、米国軍隊要員エンジニアとして沖縄に駐留し、昭和二一年七月ごろ軍籍を離れ、その後も沖縄に居住して、重機類の修理及びその部品等の販売を業としているもので、米軍物資処理部の認可を得て米軍物資払下げの入札業をも営んでいるものである。
2 原告は、昭和五七年三月一五日被告税務署長に対し、昭和五六年度分所得税につき、次のとおり、課税される所得金額〇円、申告納税額〇円とする旨の確定申告をなした。
(1) 事業所得 欠損金三一五七万九四四二円
(2) 長期譲渡所得 三億〇二三五万六四三三円
(3) 雑損控除 三億四一五一万〇〇五六円
(4) 配偶者控除 二九万円
(5) 基礎控除 二九万円
(6) 課税される所得金額 〇円
(7) 申告納税額 〇円
3 ところが、右確定申告に対し、被告税務署長は昭和五七年一二月二四日、右雑損控除を全く認めないで、課税される所得金額二億六八四七万四〇〇〇円、所得税額一億二二五一万五〇〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税六一二万五七〇〇円の賦課決定処分(以下「本件賦課処分」という。)をなし、そのころ原告にこれを通知した。
その後、被告税務署長は昭和五八年五月一三日、所得税額を一億二二五一万五二〇〇円とする再更正処分(以下「本件再更正処分」という。)をなし、そのころ原告にこれを通知した。
4 原告は、更正処分等を不服として、昭和五八年二月二三日異議申立をなした後、同年六月九日被告審判所長に対し審査請求をなしたところ、被告審判所長は昭和六〇年六月一九日、原告主張の被害事実は認められない旨の理由をもつて、右審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をなし、同裁決謄本は同年七月三一日原告に送達された。
5 しかしながら、被告税務署長のなした本件更正処分及び再更正処分は、次のような原告が被つた被害事実を認定せず、雑損控除を全く認めない違法がある。
(一) 原告は、昭和三二年五月二二日に購入した浦添市字城間赤畑三〇二七番一宅地四五三・八九平方メートルほかの土地(以下「本件土地」という。)を、昭和五六年三月二四日訴外本田技研工業株式会社に代金三億五一一四万八〇〇〇円で売却した。
(二) ところが、原告は、昭和五六年七月二九日午後二時ごろから同月三一日午後四時ごろまでの間に、原告が利用していた浦添市字港川四五六番地、四五七番地所在の鉄筋コンクリートブロツク造陸屋根二階建居宅兼事務所五四五・四四平方メートルの建物(以下「本件建物」という。)を、訴外玉城盛正、同人の弟である訴外玉城某、訴外伊波カツマサ、訴外銘苅全信、訴外内間順一らによつて、重機ユンボー三台でもつて損壊された。
(三) これによつて、原告は、本件建物内に在つた自己所有にかかる別紙物件目録記載の事務用器具機材及び家財用品(時価合計金三一九九万〇〇五六円相当)を右建物とともに破壊されて右同額の損害を被つた。
さらに同時に、原告は、本件建物二階居室内にあつた事務用テーブル(鋼板製)の左側下に溶接をもつて備え付けた金属製金庫を、同金庫に入れてあつた現金三億円及び米貨二万ドル(一ドル二三八円換算として金四七六万円)とともに前記玉城盛正らに窃取される被害を被り、もって金三億〇四七六万円の損害を被つた(以上、損害額合計金三億三六七五万〇〇五六円)。
6 また、被告審判所長がなした本件裁決は、次の理由により違法である。
(一) 本件裁決は、「本件建物の電気設備は昭和五六年七月六日に撤去され、水道設備は同月一三日に停止されて、本件建物が取り壊されるまで電気及び水道は供給されてないこと」と認定しているが、原告は、同年七月一三日本件建物に移転し、同日、本件建物に隣接する建物を事務所として利用している訴外百次仁盛と相談して、破損して切断されている電気・水道の施設を整備し利用したのである。
原告は、国税不服審判所沖縄事務所に対し、昭和五八年八月三一日付上申書をもつて、右事実並びに三、四日がかりで沖縄人三名を雇いトラツクを利用して家財道具、事務用器材及び金属製金庫などを搬入した事実関係を上申し、かつ、訴外百次仁盛、同佐久田朝基、同饒辺永喜の各申述書を提出した。
ところが、被告審判所長は、原告提出の右申述書を無視し、右申述者らからの事情聴取をなんら行つていない。したがつて、前記のような事実の認定及び答述内容が掲げられていることは、証拠資料に基づかない違法なものであり、明らかに事実の認定を誤つたものというべきである。
(二) 本件建物を取り壊した訴外内間順一が、「作業開始前に本件建物を下見したところ、出入口に鍵がなくがらくたが放置されていたこと」及び「取壊作業に際しては、建物内にあつた若干の衣類等は屋外に出してから作業を行つていたこと」と答述した内容を掲げているが、右の両答述は矛盾するもので信用できない。したがつて、右答述に基づいてなされた裁決は、その判断を誤つたものというべきである。
(三) さらに、本件裁決は、「原告は、昭和五六年八月四日付の告訴状(但し、現金三億円が消失した旨の記載がない。)及び昭和五八年六月一日付の告訴状で玉城盛正らを器物毀棄の罪等で告訴したが、いずれも不起訴処分になつていること。」を理由の一つに掲げているが、昭和五六年八月四日付告訴については、被害発生当時、原告の依頼で宮城隆弁護士を介して告訴をしたが、原告と弁護士間の意思疎通が十分でなかつたため、器物毀棄及び傷害罪で告訴がなされた。また右告訴が間もなくして取下げになつていた事実について、原告が知つたのは、昭和五七年四月中旬宜野湾警察署から呼出しを受け、重機ユンボー破損の件で取調べを受けたときであり、右告訴の取下げの経緯について原告は知らない。
そこで、原告は昭和五八年六月一日付告訴状をもつて、玉城盛正ほか四名を建造物損壊、器物損壊並びに窃盗罪で那覇地方検察庁に告訴した。後日、右告訴は不起訴処分になつたものであるが、被害発生時から相当期間経過したことにより捜査が十分にできない状況にあつたことが大きな理由である。したがつて、右不起訴処分の事実をもつて判断した裁決は不当であり、その判断を誤つたものである。
7 よつて、原告は、被告税務署長に対し本件更正処分、賦課処分及び再更正処分の各取消しを、被告審判所長に対し本件裁決の取消しをそれぞれ求める。
二 本案前の主張(被告税務署長)
1 本件においては、昭和五七年一二月二四日になした更正処分の後に、昭和五八年五月一三日に増額再更正処分がなされている。更正処分も再更正処分も一個の納税義務を確定させる処分であり、増額再更正処分は、課税要件を全体的に見直し、納税義務の内容を総額的に確定させる処分であるから、再更正処分がなされた場合には、更正処分は再更正処分の内容としてこれに吸収され、一体となつてその外形が消滅し独立の存在を失うに至る。したがつて、更正処分後に再更正処分がなされた場合には、再更正処分のみが取消訴訟の対象となり、更正処分の取消しを求める訴えは、訴えの対象を欠き不適法である。
よつて、被告税務署長がなした本件更正処分の取消しを求める訴えは、不適法として却下されるべきである。
2 本件再更正処分の取消しを求める訴えは、行訴法一九条一項に基づく請求の追加的併合と認められるところ、追加された新請求も新たな訴えの提起にほかならないので、新請求についても出訴期間が遵守されなければならない。
出訴期間遵守に対する救済的判断をなすべき特段の事情がない本件においては、本件再更正処分の取消しの訴えが提起されたのは、審査請求を棄却する旨の裁決謄本が送達された昭和六〇年七月三一日から三か月をはるかに超えた昭和六一年三月四日であるので、本件再更正処分の取消しを求める訴えは、出訴期間を徒過したものとして、不適法として却下すべきである。
三 本案前の主張に対する認否
1 本案前の主張1は争う。
2 同2は争う。本件更正処分と再更正処分は、別個独立の処分であるが、両処分は密接に関連しているものである。本件更正処分は再更正処分に吸収されると同時に、再更正処分の中に復活するという特殊な関係にたつものといわれており、かつ、原告が主張する処分の違法事由は、追加的変更の前後を通じて同一であることなどからして、両処分の取消しを求める各訴えは、その実質が同一の訴えであり、出訴期間については遵守されている。
四 請求の原因に対する認否(被告ら)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は認める。
5 同5の冒頭部分は争う。同5(一)の事実は認める。
同5(二)の事実中、昭和五六年七月二九日から同月三一日にかけて、浦添市字港川四五四番地に所在するコンクリートブロツク造陸屋根二階建居宅五四五・四四平方メートルの建物を訴外玉城盛正及び同内間順一らが取り壊したことは認めるが、その余は知らない。
同5(三)の事実は否認する。
6 同6の冒頭部分は争う。
同6(一)ないし(三)の各事実は否認ないし争う。
五 被告税務署長の主張
1 本件係争年分の課税所得金額について
(一) 事業所得金額について
原告の本件係争年分の事業所得金額は、収入金額一二一万五二〇〇円のところ必要経費三〇二六万九一三〇円であるから、差引二九〇五万三九三〇円の欠損金である。
(二) 長期譲渡所得金額について
原告が昭和三二年五月二二日に取得した本件土地の譲渡価額は、原告主張のとおり三億五一一四万八〇〇〇円であるところ、買換資産取得価額二一五三万円を差引いた収入金額は、三億二九六一万八〇〇〇円であって、これから取得費一七五五万七四〇〇円及び譲渡費用一六〇一万〇三五二円を控除すると、長期譲渡所得は二億九八一〇万八六二三円となる。
(三) 雑損控除について
原告が訴外玉城盛正らから被害を受けたと主張する家事用資産二〇七一万四八〇六円相当及び事業用資産二〇七九万五二五〇円相当が本件建物に搬入されていたこと、したがつて右各資産が同場所から消失したこと並びに現金三億円ほかが窃取されたことを認めるに足りる事実は全くなかつたので、原告の申告にかかる雑損控除を認めることはできない。
(四) その余の控除について
配偶者控除二九万円、基礎控除二九万円がそれぞれ認められる。
(五) 課税所得金額について
以上のとおりであつて、前記(一)及び(二)を加算した金額二億六九〇五万四六九三円から(三)及び(四)の合計金五八万円を控除すると、原告の本件係争年分の課税所得金額は二億六八四七万四〇〇〇円(千円未満切捨て)となる。
2 再更正処分の適法性について
前記のとおり、原告の本件係争年分にかかる課税所得金額は二億六八四七万四〇〇〇円であり、これに対する所得税額は一億二二五一万五二〇〇円であるから、これと同額とする本件再更正処分に原告の所得を過大に認定した違法はない。
3 過少申告加算税賦課決定処分の適法性について
原告の本件係争年分にかかる所得金額は右のとおりであるところ、原告は請求の原因記載のとおり過少に申告していたので、国税通則法六五条一項に基づき本件再更正処分により納付すべき税額一億二二五一万五二〇〇円(千円未満切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した過少申告加算税額は六一二万五七〇〇円となる。したがつて、この額を賦課した本件賦課処分は適法である。
六 被告審判所長の主張
行訴法一〇条二項にかかる審査請求を棄却した裁決の取消しを求める訴えにおいて、主張することのできる違法事由は、裁決の違法事由のうち、裁決の内容に関する違法、すなわち実体的判断に関する違法を除いたその余の違法事由であるところの、裁決の主体、裁決の手続及び裁決の形式、方式に関する違法事由に限られるものと一般に解されている。
原告の前記主張は、結局、いずれも本件裁決の実体的判断過程における過誤をいうものにすぎないから、裁決固有の瑕疵には当たらず、行訴法一〇条二項に反し許されない。したがつて、かかる主張に基づいた本件裁決の取消しを求める訴えは、主張自体失当として棄却されるべきである。
七 被告らの主張に対する認否
1 被告税務署長の主張に対する認否
(一) 右主張1(一)の事実は認める。
同1(二)の事実は認める。
同1(三)の事実は否認する。原告の反論は、請求の原因5記載のとおりである。
同1(四)の事実は認める。
同1(五)は争う。
(二) 同2は争う。
(三) 同3は争う。
2 被告審判所長の主張に対する認否
争う。
第三証拠<省略>
理由
一 被告税務署長の本案前の申立てについて
1 被告税務署長は、先ず、本件において、更正処分の後に再更正処分がなされているから、先の更正処分の取消しを求める訴えは、訴えの対象を欠き不適法である旨を主張する。
よつて、判断するに、本件において、被告税務署長が原告に対し、先ず昭和五七年一二月二四日所得税額を一億二二五一万五〇〇〇円とする本件更正処分をなし、その後昭和五八年五月一三日所得税額を一億二二五一万五二〇〇円とする本件再更正処分をなしたことは、原告が請求の原因3において主張するところであり、右事実は当事者間に争いがない。思うに、更正処分も再更正処分も一個の納税義務を確定させる処分であり、更正処分の後に再更正処分がなされた場合には、更正処分は再更正処分の内容としてこれに吸収されその独立の存在を失うに至るものと解すべきである。
したがつて、原告の本件更正処分の取消しを求める訴えについては、再更正処分のなされている本件においては、訴えの対象を欠くことになり、不適法なものといわなければならず、結局却下を免れない。
2 次に、被告税務署長は、本件再更正処分の取消しを求める訴えは出訴期間の三か月を超えた昭和六一年三月四日に提起されたものであるから、出訴期間を徒過したものとして不適法である旨を主張する。
そこで、検討するに、当裁判所に顕著な事実として、本件再更正処分の取消しの訴えが提起されたのは、本件訴訟係属中である昭和六一年三月四日であることが認められ、また、本件裁決謄本が昭和六〇年七月三一日原告に送達されていることも当事者間に争いがないから、本件再更正処分の取消しを求める訴えは、一応三か月の出訴期間を超えて提起されたものと認められる。また、本件再更正処分の取消しを求める訴えが、請求の追加的併合の形でなされているが、追加された新請求についても出訴期間が遵守されなければならないことも、被告税務署長の主張するとおりである。
しかしながら、更正処分が再更正処分に吸収されるという関係にたち、本件再更正処分は所得税額を従前の一億二二五一万五〇〇〇円から一億二二五一万五二〇〇円と二〇〇円増額訂正したものに過ぎないこと、原告が主張する処分の違法事由は追加的変更の前後を通じて同一であること等に鑑みると、両訴え間には請求の基礎が同一で密接な関連性を有するものと認めることができる。したがつて、本件再更正処分の取消しを求める訴えについては、出訴期間に関し、当初の訴えが提起された時に提起されたものと同視することができる特段の事情が存し、当初の訴えは出訴期間内である昭和六〇年一〇月三〇日に提起されていることも明らかであるから、出訴期間の遵守につき欠けることろがないものと解される。
よつて、この点に関する被告税務署長の本案前の申立ては失当といわなければならない。
二 本件各処分及び裁決の経緯等
請求の原因1ないし4の各事実(本件更正処分、再更正処分及び裁決の経緯等)については、いずれも当事者間に争いがない。
三 雑損控除の可否について
原告は、被告税務署長のなした本件更正処分及び再更正処分は、原告の主張する器物損壊、窃盗等の被害事実を認定せず、雑損控除を全く認めない違法があると主張するので、以下、この点について判断する。
1 請求の原因5(一)の事実、及び同5(二)の事実中昭和五六年七月二九日から同月三一日にかけて訴外玉城盛正及び同内間順一らが本件建物を取り壊したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 原告は、本件建物取り壊しの際、訴外玉城盛正らから別紙物件目録記載の事務用器具機材及び家財用品(時価三一九九万〇〇五六円相当、以下「本件各資産」という。)を損壊されるとともに、現金三億円及び米貨二万ドルの入った金庫を窃取される被害を被った旨を主張し、右主張に副うところの甲第一号証、第一六号証、乙第一八号証の八、九、第一九、第二〇号証及び原告本人尋問の結果が存在する。
しかしながら、本件において、荷物等搬入の経緯及び建物取り壊しの状況等については、次のとおりであつたことが認められる。
(一) 成立に争いのない乙第一〇号証、第一六、第一七号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと(甲第二号証の二については原本の存在も)認められる甲第二号証の一、二、証人阿波根昌治の証言により真正に成立したものと認められる乙第二三号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物はもと訴外スチユワート社長が建築し所有する建物であったが、昭和五六年七月ころまで支配人である訴外ジヨージ・ホールが居住していたこと、訴外ジヨージ・ホールは右土地建物を訴外玉城盛正に売却して昭和五六年七月ころ本件建物から退去したこと、一方、原告はスチユワート社長の妻である訴外キヤサリン・シー・スチユワートから本件建物の管理等を任されるに至つたこと、したがつて、本件建物については、その所有権等の帰属をめぐって、訴外キヤサリン・シー・スチユワートと同ジヨージ・ホール間、ひいては原告と訴外玉城盛正との間で係争中の物件であつたことが認められる。
また、右の各証拠によれば、訴外ジヨージ・ホールが本件建物から退去した際、家財道具等は運び出したうえ、電気、水道を切り、ドアの鍵や窓の金具等を全部外して誰でも自由に出入りできる状態であり、室内はごみ屑や壊れたミシン等が散乱している状況であつたことが認められる。
(二) 荷物等搬入時の状況について、成立に争いのない乙第九号証、前掲乙第一〇号証、証人饒辺永喜及び同百次仁盛の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五六年七月中旬ころの夜、訴外饒辺永喜に依頼して本件建物に二トントラツクやピツクアップなどを利用して荷物を運び入れたものであるが、その際の本件建物の状況は、訴外ジヨージ・ホールが退去したときと同様、一階の部屋にはブロック等が散乱し、窓ガラスも割れ、電気、水道も切られたままの状態であつて、貴重な資産を保管したり、居住に適するような状況でなかつたことが認められる。
さらに、右の各証拠によれば、訴外饒辺が荷物を運んだトラツクは、バラスや砂利を運ぶ建築用のもので、汚れたトラツクの荷台に直接荷物を乗せて運び、本件建物に到着後も、これらの荷物を暗やみの室内に放り込み、通常の家財道具等を取り扱うような方法をとつていないこと、運び入れた荷物類は、主にタンス、ロッカー、テーブルなどの家具や機械の部品等であり、いずれも古いスクラツプ様のものあるいは不用品などであつたことが認められる。
右の各認定に反する原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らしにわかに措信することができず、他に右の各認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 前掲乙第一〇号証、成立に争いのない乙第一四号証の一、二、証人百次仁盛の証言によれば、原告は本件建物に荷物を搬入後、本件建物には昼間よく出入りするとともに、夜間も時々宿泊するに至つたこと、その際、ローソクを使用したりあるいは電気を無断で繋ぐなどして宿泊したこと、また、原告は昭和五六年七月一二日住所を本件建物に移していることが認められる。
(四) 本件建物取り壊し時の状況について、成立に争いのない甲第五号証の一ないし一六、第七号証の一、二、証人阿波根昌治の証言により真正に成立したものと認められる乙第二四号証、証人内間順一の証言により真正に成立したものと認められる乙第二五号証、証人内間順一、同饒辺永喜及び同百次仁盛の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記の一部措信しない部分を除く。)によれば、訴外玉城盛正は昭和五六年七月二九日から解体業者である訴外内間順一らに依頼して本件建物の取り壊しを始めたこと、右取り壊しに先だつ同月二六日ころ、訴外内間順一ら三名は下見と見積りのため本件建物に赴き、遺留品の有無など本件建物の内部について詳細に調べたこと、その際、本件建物のドアには鍵もなく、電気、水道も切られており、室内には使用できない洗濯機、謄写板、木製の机やベッドあるいは不用となった子供の衣類などが散乱し、使用可能な家具用品、事務用品、原告主張の金庫等が存在しないことを確認していること、本件建物の取り壊しには同月二九日から三一日までの三日間を要したが、その間、原告は自ら重機を運転して故意に作業中の重機ユンボに衝突させたり、警察官を呼んで取り壊し作業を阻止しようとしたことはあるものの、警察官や作業員に対し本件建物の中には本件各資産や現金等が残置されているので搬出させてくれるよう頼んだこともないこと、また、取り壊し作業は三日間とも昼間行われ、夜間には作業員全員が帰り、いつでも現金等を搬出できる状況にあつたにもかかわらず、原告は本件建物から現金や本件各資産を全く搬出しようとしなかつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の中の一部供述部分は、前掲各証拠に照らしにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
3 以上の事実に照らすと、本件建物はその所有権等の帰属をめぐつていわゆる係争中の建物であり、原告は本件建物に主にスクラツプ様のものや不用品等を搬入し、あるいは同所に仮泊するなどして訴外玉城盛正らによる本件建物の取り壊した備えていたものと窺われること、本件建物の状況はドアの鍵や窓の金具等も外され、一時的に原告が接続したことがあるものの、電気、水道は切られ、室内もブロツクや使用できない家具等が散乱し、貴重な資産を置いたり、居住に適するような状態でなかつたこと、原告が本件建物に搬入した物件は、搬入時の状況、取り壊し前の確認作業から明らかなように、いずれもスクラツプ様のあるいは不用品に近い家具、事務用品、機械の部品等であり、原告主張にかかるような価値ある家具用品、事務用品、金庫等は本件建物に存在しなかつたものといわなければならない。
原告主張に副う前掲各証拠について検討するに、甲第一号証、乙第一九、第二〇号証(いずれも告訴状)、乙第一八号証の八、九(供述書)、原告本人尋問の結果は、いずれも原告側で作成した文書あるいは供述であり、客観性に乏しいばかりか、三億円余の大金を本件建物に置いた理由、甲第七号証の一、二にある机に金庫を取り付け移動した点など不自然な点が多く、前記認定の事実に照らして、にわかに措信することができない。甲第一六号証も、窃取された金庫の断片写真というが、取り壊し二年後に見付かつたというもので、これをもつて直ちに本件金庫と関連性を有するものとは認められない。
以上のとおりであるから、本件において、原告主張にかかる本件各資産が本件建物から消失したこと並びに現金三億円及び米貨二万ドルが窃取されたとの事実はなかつたものと認定せざるを得ず、結局、原告の申告にかかる雑損控除は認めることができないものといわなければならない。
四 本件再更正処分の適法性について
被告税務署長の主張1(一)、(二)、(四)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。本件において、原告の申告にかかる雑損控除を認められないことは、前項で判断したとおりである。
以上の事実によれば、長期譲渡所得金額二億九八一〇万八六二三円から事業所得金額である欠損金二九〇五万三九三〇円を差引き、配偶者控除二九万円及び基礎控除二九万円を控除すると、原告の昭和五六年分の課税所得金額は二億六八四七万四〇〇〇円(千円未満切捨て)となり、これに対する所得税額は一億二二五一万五二〇〇円であるから、右同趣旨の本件再更正処分は適法といわなければならない。
五 本件賦課処分の適法性について
原告の昭和五六年分の課税所得金額は右のとおりであるところ、原告は請求の原因記載のとおり過少に申告していたものであるから、原告は、国税通則法六五条一項に基づき、本件再更正処分により納付すべき税額一億二二五一万五二〇〇円に一〇〇分の五の割合を乗じた過少申告加算税六一二万五七〇〇円(百円未満切捨て)を支払うべき義務があり、右金額を賦課した本件賦課処分は適法といわなければならない。
六 被告審判所長に対する請求について
行訴法一〇条二項は、処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない、と規定する。
同項は、一般に、原処分の違法は、原処分の取消しの訴えにおいてのみ主張することができることとし(いわゆる原処分中心主義)、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えにおいては、裁決の主体、裁決の手続、裁決の形式など裁決固有の違法を主張するのは格別、原処分の違法を理由としては、取消しを求めることができないものと解される。
本件において、原告が請求の原因6(一)ないし(三)で主張する違法事由は、結局のところ、本件裁決の実体的判断過程における過誤をいうもの、すなわち原処分の違法事由をいうものであって、裁決固有の瑕疵には当たらないと認められる。
したがつて、かかる主張のみに基づいた被告審判所長に対する本件裁決の取消しを求める訴えは、行訴法一〇条二項に反するものというべきであつて、棄却を免れない。
七 結語
以上の次第であるから、原告の被告税務署長に対する請求中、本件更正処分の取消しを求める訴えは不適法として却下し、本件再更正処分及び賦課処分の取消しを求める請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、原告の被告審判所長に対する請求も理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永田誠一 水上敏 野島香苗)
別紙物件目録<省略>